
製薬業界や化学物質管理の現場で、最近「PDE」「OEL」という言葉を目にする機会が増えたと感じていませんか。
社内の会議資料や取引先とのやり取りの中で急に登場するようになり、「今さら聞きにくいけれど、実はよく分かっていない」という方も少なくないのではないでしょうか。
特に品質保証・薬事の部署にいると、周囲は当たり前のように使っているのに、自分だけ正確な意味を説明できないという状況に戸惑うこともあるかもしれません。
この記事では、PDE・OELという言葉がなぜ今このタイミングで注目されるようになったのか、その背景をできるだけやさしく整理してご紹介します。
【この記事の結論:一番にお伝えしたいこと】
特にPDE(許容一日曝露量)が製薬業界で広く意識されるようになった背景には、2021年8月に施行された改正GMP省令と、PIC/Sを通じた国際整合の流れがあります。一方、OEL(職業曝露限界)については、作業者の健康保護や近年の化学物質管理の見直しを背景に、あわせて関心が高まっています。共用設備で製造する既存品についても、薬理学的・毒性学的評価に基づく残留管理への対応が必要となるため、PDE/HBELを実務で扱う機会は今後も続くと考えられます。一過性の流行語ではなく、今後の製薬・化学業界において標準的な用語として定着していくと考えられます。
PDE・OELとは、そもそも何を指す言葉なのか
PDEとは、Permitted Daily Exposure(許容一日曝露量)の略で、生涯にわたって毎日曝露し続けたとしても健康に有害な影響を及ぼす可能性が十分低いと考えられる化学物質・医薬品原薬の曝露量を、毒性学的根拠に基づいて算出した指標です。
一方のOELは、製造現場などで働く従業員について、一定の作業条件のもとで健康への悪影響を生じる可能性が低いと考えられる曝露濃度を示す指標です。
どちらも健康影響を踏まえて曝露を管理するための基準値という点では共通していますが、PDEは主に患者への交叉汚染を防ぐ観点、OELは働く人の労働安全衛生を守る観点で使われるという違いがあります。
いずれも、専門家による毒性データの評価をもとに算出される、科学的な根拠のある数値である点が共通の特徴です。
従来とは何が違うのか
従来は一律的な基準や投与量を基にした基準が用いられることもありました。それに対してHBEL/PDEでは物質固有の薬理・毒性情報を体系的に評価します。
算出の過程では、種差や個体差、曝露期間の長さといった不確実性を考慮した調整係数が用いられ、その内容が記録として残される点も特徴のひとつです。
そのため、PDE・OELは単なる目安ではなく、第三者に対しても説明できる根拠を伴った基準値として扱われています。
身近な例で考えるPDE・OELの考え方
専門用語が続くと分かりにくく感じるかもしれませんが、考え方自体は身近な例に置き換えると理解しやすくなります。
たとえば、同じ調理器具で複数の料理を作る際に、前の料理の匂いや味がうっすら次の料理に移ってしまうことがありますが、これをどこまで許容できるかを、感覚ではなく科学的なデータに基づいて数値化したものがPDEに近い考え方だとイメージすると分かりやすいでしょう。
医薬品の場合は「味や匂い」ではなく「健康への影響」が問題になるため、より厳密に、毒性学の専門知識をもとに数値が導き出される点が異なります。
OELについても同様に、工場で働く人が日々どの程度の化学物質にさらされても健康に影響が出ないかを、同じような考え方で数値化したものと捉えると理解しやすくなります。
なぜ2021年以降、PDEという言葉が急速に広まったのか
PDEという言葉が日本の製薬業界で急速に使われるようになった大きなきっかけは、2021年8月1日に施行された改正GMP省令です。
この改正では、新たに第8条の2として「交叉汚染の防止」が設けられ、製造業者は医薬品に係る製品の交叉汚染を防止するため、製造手順等について所要の措置をとらなければならないと明記されました。
そして、この交叉汚染防止の措置は、薬理学的・毒性学的な評価という科学的根拠に基づいて行うことが求められています。
つまり、従来のように一律の数値で管理するのではなく、薬理学的・毒性学的評価に基づいて残留管理の限度値を設定し、科学的根拠に基づいて交叉汚染を管理する考え方が、国内GMPに明確に取り込まれました。PDE/HBELは、その評価に用いられる代表的な考え方です。
この条文の新設により、それまで一部の専門部署だけが意識していたPDEという概念が、製造・品質部門全体で共有すべき知識として扱われるようになりました。
改正GMP省令の背景にあるPIC/Sとの国際整合
この改正の背景には、国際的な規制整合の流れがあります。
2018年には、医薬品査察協定及び医薬品査察共同スキーム(PIC/S)でもEUのHBELガイドラインに相当するPI 046が採用され、健康ベース曝露限界(HBEL)の設定に関するガイドラインが新たに制定されました。
日本もPIC/Sに加盟していることから、国内のGMP省令についても国際的な基準との整合を図る必要があり、その一環として交叉汚染防止・PDE設定の考え方が国内制度に取り込まれていきました。
こうした国際的な規制動向が、日本国内でPDE・OELという言葉が使われるようになった直接的なきっかけになっています。
諸外国ではすでに先行して定着していた考え方
実は、PDE・HBELに基づく交叉汚染管理の考え方自体は、日本国内で急に生まれたものではありません。
欧州医薬品庁(EMA)では2011年から検討が進められ、2014年にHBELガイドラインが公表されました。欧州の製薬企業ではすでにPDEに基づく管理が先行して広がっていました。
日本の改正GMP省令は、こうした海外の規制動向に足並みを揃える形で整備されたものであり、国内の製薬業界にとっては、いわば「世界標準へのキャッチアップ」という側面があります。
そのため、海外の規制当局とやり取りのある企業ほど、PDE・OELという言葉に早くから触れる機会が多かったともいえます。
なぜ「今」現場で対応が急がれているのか
改正GMP省令の施行から一定の期間が経過し、業界全体で対応が本格化してきていることも、PDEという言葉を耳にする機会が増えている理由のひとつです。
改正GMP省令への対応は、新規開発品だけに限られるものではありません。共用設備で製造する既存品についても、薬理学的・毒性学的評価に基づく残留管理が必要となります。実際に、既存品についても順次PDEを設定する取り組みを進めている製薬企業の事例が公表されています。
新規品目・既存品目の両方でPDE設定が進むにつれて、社内の様々な部署でPDEという言葉に触れる機会が自然と増えているという状況です。
対応が遅れるとどうなるのか
PDE評価に基づく交叉汚染防止対応が遅れると、GMP適合性調査などの場面で指摘を受ける可能性があります。
また、後になってPDEを設定した結果、従来の洗浄基準よりも厳しい値になった場合、洗浄バリデーションの見直しや分析法の再開発が必要になることもあり、現場への負担が大きくなりやすいという課題も指摘されています。
特に、複数品目を共用設備で製造している企業ほど、対応すべき組み合わせの数が多くなるため、後回しにするほど見直しの範囲が広がりやすい傾向があります。
そのため、対応を先送りにするよりも、早い段階から計画的にPDE設定を進めておくことが望ましいとされています。
原薬メーカー・CMO/CDMOにとっての事情
製薬企業だけでなく、原薬メーカーやCMO・CDMOにとってもPDEへの対応は重要なテーマになっています。
委託元の製薬企業から、共用設備における交叉汚染管理の根拠としてHBEL/PDEに関する情報を求められることがあります。
自社での評価体制が整っていないと、新規の受託案件が進めにくくなる可能性もあり、事業機会の面からもPDE対応が急がれる理由のひとつになっています。
海外の規制当局とのやり取りでも意識される場面が増えている
輸出向けの医薬品を製造している企業や、海外の規制当局によるGMP査察を受ける企業にとっては、PDEへの対応はさらに切実なテーマになっています。
海外の規制当局による査察や委託先監査においても、HBEL/PDEの設定根拠や、それを交叉汚染管理にどのように反映しているかが確認される場合があります。
このとき、根拠が曖昧なまま数値だけを提示しても十分な説明にはならず、毒性学的な根拠を整理した評価書やモノグラフとして示せることが重要になります。
このように、国内の規制対応だけでなく、海外とのやり取りという観点からも、PDE・OELへの理解と対応が急がれる場面が増えているのが実情です。
OELという言葉も一緒に聞くのはなぜか
PDEと並んで、OELという言葉が一緒に語られる場面も増えています。
これは、交叉汚染防止(患者側の安全)と労働安全衛生(働く人の安全)が、どちらも同じ「化学物質への曝露をどこまで許容するか」という毒性学的な考え方を土台にしているためです。
製造現場では、患者への交叉汚染を防ぐPDEの検討と合わせて、その現場で働く従業員の曝露を管理するOELの検討も必要になる場面が多く、社内の会議で両方の言葉がセットで登場しやすくなっています。
どちらも根っこにある考え方は共通していますが、「誰を守るための基準か」という目的が異なる点を意識しておくと、話の内容が整理しやすくなります。
労働安全衛生の観点からもOELへの関心が高まっている
近年は、労働安全衛生法に基づく化学物質管理の考え方も、事業者が自律的にリスクを評価し管理する方向へと見直しが進んでいます。
こうした流れの中で、化学物質を取り扱う製造業全般において、作業者の曝露レベルを適切に把握し管理するためのOEL設定への関心が、製薬業界に限らず広がりを見せています。
PDEとOELが同時期に話題になる背景には、医薬品分野の規制強化と、化学物質管理全般の見直しという、2つの流れが重なっていることも影響していると考えられます。
PDE・OELという言葉が出てきたとき、まず何を確認すればよいか
社内の会議や資料で初めてPDE・OELという言葉に触れた場合、まずは「自社が扱っている品目について、すでにPDE評価が行われているかどうか」を確認することが最初の一歩になります。
既に評価済みであれば、その評価根拠や承認プロセスがどのように整理されているかを確認しておくと、今後の業務で役立ちます。
まだ評価が行われていない場合は、どの部署が主体となってPDE評価を進めるのか、社内の役割分担を確認しておくことが次のステップとして重要になります。
あわせて、自社の製造ラインでどの品目とどの品目が設備を共用しているのか、組み合わせを整理しておくことも、その後の評価をスムーズに進めるうえで役立ちます。
評価済みかどうかを確認する際の具体的な着眼点
「PDE評価が済んでいるかどうか」を確認する際は、単に数値の有無だけでなく、いくつかの観点から状況を整理しておくと、その後の対応がスムーズになります。
まず、評価の対象がすべての取扱品目に及んでいるか、それとも一部の主要品目にとどまっているかを確認します。
次に、評価に用いられた毒性データの出典や、調整係数の設定根拠が記録として残されているかどうかも重要な確認ポイントです。
さらに、評価結果が社内でどのような手順で承認されたのか、承認体制が明確になっているかも確認しておくと、後から根拠を説明する際に役立ちます。
これらの情報が整理されていない場合は、既存評価のレビューという形で外部の専門家に確認してもらうことも、有効な進め方のひとつです。
自社に毒性評価の専門知識がない場合の選択肢
PDE・HBELの評価には、毒性データの文献調査や、調整係数の設定といった専門的な毒性学の知識が求められます。
社内に毒性評価の専門人材がいない、あるいは既存の評価を第三者の視点でレビューしてほしいという場合には、外部の専門家に相談するという選択肢もあります。
特に、既存品目のPDEを計画的に見直していく必要がある企業にとっては、専門家の知見を活用することで、評価の精度と業務の効率を両立しやすくなります。
一度に多くの品目を評価する必要がある場合は、優先度の高い品目から段階的に進めていく計画を立てることも、現実的な進め方のひとつです。
PDE・OELに関するよくある質問(Q&A)
Q. PDEはすべての医薬品で設定が必要なのですか?
A. 改正GMP省令への対応は、新規開発品だけに限られるものではありません。共用設備で製造する既存品についても、薬理学的・毒性学的評価に基づく残留管理が必要となります。実際に、既存品についても順次PDEを設定する取り組みを進めている製薬企業の事例が公表されています。自社の対象品目でどこまで評価が完了しているかは、社内の担当部署に確認することをおすすめします。
Q. OELは誰が設定するものなのですか?
A. OELもPDEと同様に、毒性学的なデータに基づいて専門家が評価・設定するものです。労働安全衛生の観点から、製造現場で働く従業員の曝露管理を目的として設定される点が、患者への交叉汚染防止を目的とするPDEとの違いになります。
Q. PDE・OELについて相談できる専門家はどう探せばよいですか?
A. 毒性学・健康リスク評価を専門とするコンサルティング会社に相談する方法があります。PDE/HBEL・OELの新規設定だけでなく、既存評価のレビューや個別の技術相談に対応している専門家であれば、自社の状況に応じた進め方を相談しやすくなります。
まとめ:PDE・OELは今後さらに身近な言葉になっていく
特にPDEが製薬業界で広く意識されるようになった背景には、2021年8月施行の改正GMP省令と、PIC/Sを通じた国際的な規制整合の流れがあります。一方、OELについては、労働安全衛生分野における化学物質管理の見直しなどを背景に関心が高まっています。
PDE/HBELは共用設備における交叉汚染リスクを科学的に評価するための考え方として位置づけられており、一時的な流行語ではなく、今後も製薬業界の実務で用いられていくと考えられます。
また、労働安全衛生の観点からの化学物質管理見直しとも重なり、OELへの関心も同様に高まっています。
自社での対応状況を確認し、必要に応じて専門家の知見も活用しながら、計画的に取り組みを進めていくことが大切です。
【PDE・OELについてお困りの方は当社にご相談ください】
「PDE・OELという言葉は聞くけれど、自社で何から手をつければよいか分からない」という段階でも、お気軽にご相談ください。株式会社ケミカル・リスクアセス・ソリューションズ(CRAS)では、医薬品原薬等を対象としたPDE/HBEL・OELの新規設定はもちろん、既存評価のレビュー・再評価、個別の技術相談まで幅広く対応しております。評価結果を示すだけでなく、実務で活用いただけるモノグラフや評価書として整理してご提供することも可能です。案件ごとの状況や納期に応じて柔軟に対応いたしますので、まずはお気軽にお問い合わせください。