この記事のポイント
- PDE・ADI・TDIには、科学的知見から健康に基づく曝露・摂取の限度を導くという共通点があります。
- 名称や計算式の違いを理解するには、評価の目的、曝露経路、対象とする影響、単位を確認する必要があります。
- 水質や大気の指針値・基準値との比較では、摂取量と濃度の違いに加え、それぞれの導出方法や制度上の位置づけを分けて考えることが大切です。
医薬品の交叉汚染管理ではPDE、食品の安全性評価ではADIやTDI、水質や大気の管理では指針値や基準値が用いられます。使われる用語や計算式は異なりますが、その背後には「得られた科学的知見を、人の健康を守るための判断にどうつなげるか」という共通の課題があります。
両者の関係を理解するには、PDEの計算式から一段視野を広げ、どのデータを選び、どの影響を重視し、人への適用に伴う不確実性をどう扱っているかを見ることが役立ちます。
この記事では、医薬品の交叉汚染管理に用いるPDEを、ADI・TDIや水質・大気の指針値の導出方法と比較します。主に、有害性に閾値があると考えられる場合を取り上げます。
PDE・ADI・TDIは、それぞれ何を表すのか
まず、比較する数値の意味と単位を整理します。
| 用語 | 名称 | 主な用途・対象 | 代表的な単位 |
|---|---|---|---|
| PDE | 許容一日曝露量 Permitted Daily Exposure |
本記事では、医薬品の交叉汚染管理に用いる健康に基づく曝露限度 | mg/人/日、µg/人/日など |
| ADI | 許容一日摂取量 Acceptable Daily Intake |
食品添加物や農薬など、意図的に使用される物質 | mg/kg体重/日など |
| TDI | 耐容一日摂取量 Tolerable Daily Intake |
環境汚染物質など、意図せず食品等に含まれ、摂取を避けがたい物質 | mg/kg体重/日など |
いずれも、生涯にわたる日々の曝露・摂取を想定し、健康への悪影響が生じる可能性が低い量を示すという点で共通しています。ただし、評価対象や適用条件はそれぞれ異なります。「許容」と「耐容」という名称だけで、安全性の程度に差があると解釈することはできません。
また、PDEも体重当たりで示される場合があります。値を比較するときには、名称だけでなく、体重当たりの値か、1人当たりの値かを確認する必要があります。
出典: 食品安全委員会「食品の安全性に関する用語」II-2・II-4; PIC/S PI 046-1、第4.1.1〜4.1.4節。
共通するのは、計算に入る前の科学的判断
PDE・ADI・TDIを導く際には、計算式に数値を代入する前に、いくつもの判断が必要です。
- どの研究・データが、評価の根拠として信頼できるか
- どの影響を、評価上重要と考えるか
- その影響について、POD(Point of Departure)をどこに置くか
- 動物と人の違い、個人差、試験期間やデータの限界をどう考慮するか
PODには、NOAEL(無毒性量)やBMDL(ベンチマーク用量の信頼下限値)などが用いられます。利用できるデータや評価の枠組みによって、採用できる方法は異なります。
そのうえで、ADI・TDIでは安全係数や不確実係数、PIC/SのPDE導出では調整係数を用い、人に適用するための値を導きます。用語や係数の構成は同じではありませんが、データから直接は確定できない部分を考慮するという共通の役割があります。
共通しているのは、試験で得られた数値をそのまま採用するのではなく、研究条件やデータの限界を確認し、人の健康を評価するために解釈する点です。
出典: 食品安全委員会「食品の安全性に関する用語集」評価関連用語; PIC/S PI 046-1、第4.1節・第6節。
計算式を単位とともに比較する
NOAELを出発点とする代表的な形で、ADI・TDIとPDEの式を比較してみます。以下は考え方を示すための式であり、すべての物質に同じ方法を適用できるわけではありません。
ADI・TDIの代表的な式
ADI・TDI(mg/kg体重/日)
= NOAEL(mg/kg体重/日)÷ 安全係数・不確実係数の積(無次元)
体重当たりのNOAELを、単位を持たない係数で除するため、得られるADI・TDIも体重当たりの一日摂取量になります。係数の名称や選び方は、評価機関や対象物質の枠組みに従います。
出典: 食品安全委員会「食品の安全性に関する用語」II-2・II-6; WHO『飲料水水質ガイドライン』第4版・第1〜第3追補統合版、第8.2.2節。
PDEの代表的な式
PDE(mg/人/日)
= NOAEL(mg/kg体重/日)× 体重(kg体重/人)
÷ 調整係数の積(F1 × F2 × F3 × F4 × F5、無次元)
1人当たりのPDEを求める場合は、体重当たりのNOAELに体重を掛け、調整係数の積で除します。PIC/S PI 046-1では、1人当たりの値を導く際の標準体重として50 kgが示されています。
F1〜F5は、種差、個人差、試験期間、毒性の性質、無影響レベルが得られているかどうかなどを考慮する調整係数です。臨床データや別のPODを用いる場合には、利用するデータに応じた判断が必要です。
単位を付けて読むと、体重を掛ける役割は明確になります。ただし、式の形が似ていることと、同じ根拠データや係数を使えることは別の問題です。
出典: PIC/S PI 046-1、第4.1.2〜4.1.6節・第4.1.11節・第4.2節。
計算式が似ていても、そのまま置き換えられない理由
違いを理解する鍵は、「何を判断するための評価か」にあります。対象とする影響や曝露経路が異なれば、重視するデータや補正の方法も変わります。
医薬品の交叉汚染管理では、一般的な毒性に加え、別の医薬品を使用する患者に生じる意図しない薬理作用も検討対象になります。PIC/S PI 046-1では、非臨床データだけでなく、臨床で認められた治療作用や有害作用も含めて重要な影響を検討することが示されています。
また、経口投与のデータを別の曝露経路に適用する場合には、吸収やバイオアベイラビリティなどを踏まえた経路間外挿の検討が必要です。
したがって、既存のADI・TDIに体重を掛けるだけで、交叉汚染管理に適したPDEが得られるとは限りません。既存の評価値を参照する場合も、その根拠となった影響、曝露経路、適用条件が今回の評価に適しているかを確認する必要があります。
出典: PIC/S PI 046-1、第4.1.9節・第4.2節・第4.3節。
PDEの設定根拠を整理したい方へ
根拠データの選択や調整係数の設定には、評価対象に応じた科学的判断が必要です。CRASのPDE・HBELに関する支援内容は、紹介ページをご覧ください。
PDE・HBELの支援内容を見る水質・大気の指針値や基準値との関係
ADI・TDIやPDEが一日に摂取・曝露する量を表すのに対し、水質や大気の指針値・基準値は、mg/Lやµg/m³などの濃度で示されます。
両者を結び付けるには、体重や飲水量、呼吸量などの曝露条件を確認する必要があります。ただし、すべての指針値・基準値が、摂取量からの単純な換算で導かれるわけではありません。
WHOの飲料水ガイドラインでは、TDIから濃度を導く
WHOの飲料水水質ガイドラインでは、閾値がある化学物質について、TDIから飲料水中のガイドライン値を導く式が示されています。
GV(mg/L)
= TDI(mg/kg体重/日)× bw(kg体重)× P(無次元)
÷ C(L/日)
- GV:飲料水中のガイドライン値
- TDI:耐容一日摂取量
- bw:体重
- P:TDIのうち飲料水に配分する割合
- C:一日の飲料水摂取量
出典: WHO『飲料水水質ガイドライン』第4版・第1〜第3追補統合版、第8.2.2節、本文173ページ。
ここで注意したいのが、Pの意味です。この割合は、実際の総摂取量に占める飲料水の寄与を、常に精密に把握して設定できるものではありません。WHOは、食品や空気など他の経路からの曝露を考慮する一方、利用できる曝露データには限りがあり、情報が不足する場合には既定の配分を用いる考え方も示しています。
したがって、Pは評価上の前提として扱い、物質ごとの設定根拠を確認する必要があります。実測された曝露の寄与割合と、ガイドライン値を導くために採用した配分は、区別して読むことが大切です。
出典: WHO『飲料水水質ガイドライン』第4版・第1〜第3追補統合版、第8.2.2節「Relative source allocation」、本文175〜176ページ。
なお、この式はWHOの飲料水ガイドラインにおける考え方です。日本の個別の水質基準や、河川・湖沼などの環境基準に適用して説明する場合には、それぞれの設定根拠を確認する必要があります。
大気では、吸入による影響と曝露条件を評価する
有害大気汚染物質の健康リスク評価では、疫学研究や動物実験などの知見を検討します。吸入曝露とそれ以外の曝露経路の知見が得られる場合には、原則として吸入曝露の知見を重視します。
閾値があると判断される発がん性や、発がん性以外の有害性については、NOAELなどを不確実係数で除する方法が示されています。一方、閾値がないと判断される発がん性については、疫学研究の数理モデルや、動物実験の用量反応関係からの低濃度直線外挿など、データに応じた方法を検討します。
また、動物実験の経口曝露の知見を用いる場合には、曝露経路の違いを考慮する必要があります。ADI・TDIを呼吸量で割るだけで、大気の指針値に置き換えることはできません。
出典: 中央環境審議会「今後の有害大気汚染物質対策のあり方について(第十二次答申)」別添3「今後の有害大気汚染物質の健康リスク評価のあり方について」(改定版、2020年)、 別紙「指針値設定のための健康リスク評価の具体的手順」1.有害性評価、④・⑨(本文6〜7ページ)。
科学的な評価値と、制度上の基準を分けて理解する
もう一つ大切なのは、健康に基づいて導いた値と、実際の管理に用いる基準を分けて考えることです。
例えば、ADIは体重当たりの一日摂取量であり、個々の食品に含まれる物質の濃度の上限を直接示すものではありません。食品中の残留基準や使用基準では、さまざまな食品からの摂取量を考慮して、ADIとの関係を確認します。
出典: 食品安全委員会「食品の安全性に関する用語」II-2。
同様に、PDEは設備表面の残留量の限度を直接表す値ではありません。PDEを交叉汚染管理に用いる際には、別の医薬品への持ち越しや患者の曝露との関係を検討し、洗浄バリデーションなどの管理につなげます。
また、「指針値」と「基準値」も、その名称だけで同じ役割を持つとは判断できません。例えば、有害大気汚染物質の指針値は、健康リスクの低減を図るための指針として設定され、環境基準とは位置づけが異なります。
出典: 中央環境審議会・第十二次答申 別添3「今後の有害大気汚染物質の健康リスク評価のあり方について」(改定版、2020年)、本文1〜2ページ。
共通原理を理解すると、PDEの根拠を説明しやすくなる
PDE設定を広い視点から捉えると、データの選択、重要な影響の特定、PODの設定、人への適用、不確実性の扱いという一連の判断が見えてきます。これは、ADI・TDIや、健康影響に基づく指針値の導出にも通じる考え方です。
そのうえでPDEの実務に戻ると、「ガイドラインに書かれているから」という説明に加えて、その方法を採用する科学的な理由を説明しやすくなります。
例えば、「この調整係数は、今回のデータに残るどの不確実性を扱うのか」「この研究の影響を、なぜPDEの根拠として採用するのか」「この曝露経路に適用できると判断した根拠は何か」という問いです。
共通する科学的基盤を理解し、それぞれの目的と枠組みに沿って適用すること。それが、PDE設定と行政の健康リスク評価をつなぐ視点です。
PDE・HBELについて、CRASにご相談ください
PDE・HBELの設定や評価書の確認では、数値に至る科学的な判断を整理することが重要です。CRASの支援内容とご相談方法は、以下のページでご案内しています。
支援内容・ご相談についてはこちら主な参考資料
- PIC/S. PI 046-1: Guideline on setting health based exposure limits for use in risk identification in the manufacture of different medicinal products in shared facilities(2018年)
- 食品安全委員会「食品の安全性に関する用語」
- 食品安全委員会「食品の安全性に関する用語集」評価関連用語
- WHO. Guidelines for drinking-water quality: fourth edition incorporating the first, second and third addenda (特に第8章、第8.2.2節)
- 中央環境審議会「今後の有害大気汚染物質対策のあり方について(第十二次答申)」別添3「今後の有害大気汚染物質の健康リスク評価のあり方について」(改定版、2020年)
参考資料確認日:2026年10月1日。ページ番号は資料本文に記載された番号です。