「PDE設定」と「OEL設定」の決定的違いとは? PIC/S GMPと労働安全衛生—製薬・CMOが守るべき2つの曝露管理

なぜ今、製薬現場で「PDE設定」と「OEL設定」が求められるのか?

近年、医薬品製造の現場において、「PDE設定(Permitted Daily Exposure:1日曝露許容量の設定)」と「OEL設定(Occupational Exposure Limit:職業曝露限界の設定)」という、2つの異なる曝露限度値の管理がますます重要になっています。

特にジェネリック医薬品メーカー様、原薬(API)メーカー様、そしてCMO/CDMO(医薬品製造受託機関)様におかれましては、「査察でPDEについて質問された」「安全衛生担当からOELの管理を求められた」といった具体的な場面に直面されているかもしれません。

これらの指標が重視される背景には、国際的な医薬品製造の品質基準であるPIC/S GMPガイドラインの改訂や、国内のGMP省令の改正があります。

特に共用設備での交叉汚染(クロスコンタミネーション)防止の観点から、規制当局は科学的根拠に基づくリスク管理を厳格に求めるようになりました。

しかし、「PDE設定」と「OEL設定」は、しばしば混同されがちです。これらは目的も保護対象も、そして最終的な用途も全く異なります。

本記事では、この2つの重要な指標の「決定的な違い」について、規制の背景と実務的な観点から丁寧に解説します。

「PDE設定」と「OEL設定」の核心的な違い

まず結論から申し上げます。

PDEとOELの最も重要な違いは、「誰を」「何から」守るかという点にあります。

PDE(1日曝露許容量)とは:主に「患者様」を、医薬品の「交叉汚染(クロスコンタミネーション)」から守るための指標です。

OEL(職業曝露限界)とは:主に「労働者(作業員)」を、製造・取扱業務における「職業的な曝露」から守るための指標です。

この根本的な目的の違いが、それぞれの設定方法や活用場面の違いに繋がっていきます。

【重要】PDE vs OEL 詳細比較一覧表

この2つの指標の違いを明確に整理することが、適切なリスク管理の第一歩となります。主な違いを一覧表にまとめます。

比較項目 PDE (1日曝露許容量) OEL (職業曝露限界)
保護対象 患者様(医薬品使用者) 労働者(製造・取扱作業者)
主な目的 医薬品の交叉汚染防止 労働者の健康障害防止
主な規制根拠 PIC/S GMP, ICH Q3C/Q3D, EMA HBELガイドライン 労働安全衛生法, 各国産業衛生学会 (ACGIHなど)
曝露シナリオ 1日あたりの許容「摂取」量(経口、静脈内など) 労働環境下での8時間TWA(時間加重平均)などの「吸入」濃度
主な用途 洗浄バリデーションの基準値設定、共用設備での製造可否判断 設備封じ込め選定, 保護具(マスク等)選定, 作業環境測定
導出の起点 NOEL/NOAEL等から、薬理・毒性学データに基づき導出 NOEL/NOAEL等から、産業衛生・毒性学データに基づき導出

深掘り解説(1):PDE設定(患者保護の観点)

ここからは、それぞれの指標について、さらに詳しく見ていきましょう。まずは「PDE設定」です。

PIC/S GMPとHBEL(健康に基づく曝露限度値)

PDE設定の重要性が高まった直接的なきっかけは、PIC/S(医薬品査察協同スキーム)がGMPガイドラインで「HBEL(Health-Based Exposure Limit:健康に基づく曝露限度値)」の概念を導入したことです。

PIC/Sは、EMA(欧州医薬品庁)が発行したガイドライン(Guideline on setting health-based exposure limits for use in risk identification in the manufacture of different medicinal products in shared facilities)を採用しています。

このガイドラインは、共用設備で複数の異なる医薬品を製造する際の交叉汚染リスクを管理するため、科学的な毒性評価に基づいて安全な閾値を設定することを求めています。

このHBELの一形態として、最も一般的に用いられるのが「PDE」です。

従来の基準とリスクベース・アプローチ

従来、洗浄バリデーションの基準値としては、「10ppm基準(次製品に10ppm以上混入しない)」や「1/1000ドース基準(前製品の最小治療量の1/1000)」といった、画一的な基準を慣習的に用いてきました。

しかし、これらの基準には十分な科学的・毒性学的根拠があるとは言えませんでした。

例えば、高薬理活性物質(HPAPI)や毒性が高い化合物の場合、10ppmという基準でも患者様に重大な健康被害を及ぼすリスクがあります。

逆に、毒性が非常に低い物質の場合、10ppmは過剰に厳格な基準となり、不必要な洗浄時間や洗浄コスト、設備稼働率の低下を招く可能性がありました。

こうした背景から、PIC/S GMPでは、物質固有の毒性データに基づき、「健康への影響」を科学的に評価して設定するHBEL(PDE)の使用を原則としています。

これは「リスクベースのアプローチ」と呼ばれ、現代のGMPにおける中核的な考え方です。

PDEの具体的な役割

PDEは、ある医薬品が別の医薬品に不純物として混入した場合(交叉汚染)、患者様がその混入した医薬品を「毎日」「生涯にわたって」摂取し続けたとしても、健康に悪影響が出ない「1日あたりの許容量」を示す値です。

この「PDE設定」が正しく行われることで、CMO/CDMO様や製薬会社様は、以下のような重要な実務に科学的根拠を持たせることができます。

 

1. 洗浄バリデーションの許容限度値の設定:「どの程度まで洗浄すれば、次に製造する医薬品に影響がないか」という基準値を、PDEから逆算して導出します。これは、従来の画一的な基準に代わる、科学的根拠(リスクベース)のアプローチとして強く推奨されています。

(※PDE設定の具体的な算出プロセスや調整係数については、別記事の「【決定版】PDE設定とは?算出方法から調整係数まで専門家が徹底解説」で詳しく解説しています。)

 

2. 共用設備使用の正当化:特に毒性の高い医薬品を扱った後、同じ設備で別の医薬品を製造可能かどうかを判断する際の、極めて重要な根拠となります。

ICHガイドラインとの関連:PDEの活用

PDEの概念は、医薬品の品質に関する国際的なガイドラインであるICH(日米EU医薬品規制調和国際会議)のガイドラインにも広く採用されています。

 

ICH Q3C(残留溶媒ガイドライン):医薬品の製造工程で使用される、あるいは残留する可能性のある溶媒の管理を定めた「ICH Q3C(残留溶媒ガイドライン)」が代表的です。

このガイドラインでは、溶媒をその毒性リスクに応じてクラス1(使用を避けるべき)からクラス3(毒性が低い)に分類しています。特にクラス2(制限すべき溶媒)については、各溶媒の毒性試験データ(NOAELなど)から科学的に「PDE」が設定されています。製造現場では、このPDEを超えないように残留量を管理することが求められます。

 

ICH Q3D(元素不純物ガイドライン):医薬品中の元素不純物(金属不純物など)の管理を定めた「ICH Q3D(元素不純物ガイドライン)」も同様です。

このガイドラインでは、24種類の元素不純物について、それぞれの毒性プロファイル(発がん性、経口曝露データなど)を詳細に評価し、PDE(Permitted Daily Exposure)が設定されています。製薬会社は、このPDEを基準として、製造プロセス全体を通じたリスクアセスメント(「どの工程で」「どの元素が」「どれだけ混入しうるか」)を実施し、管理戦略を策定する責任を負います。

このように、「PDE設定」は、患者様の安全を最優先とし、交叉汚染や不純物管理といった「医薬品の品質保証(QA)」の文脈で不可欠なプロセスです。

深掘り解説(2):OEL設定(労働者保護の観点)

次に、「OEL設定」について解説します。これはPDEとは全く異なる目的を持つ指標です。

労働安全衛生とOEL

OEL(職業曝露限界)は、医薬品原薬や中間体、その他の化学物質を製造・取り扱いする「労働者(作業員)」の健康を守るために設定される指標です。

これは、労働者が作業環境(工場の室内など)で、化学物質を主に「吸入」することを想定しています。

一般的には「8時間時間加重平均(TWA:Time-Weighted Average)濃度」として設定されます。これは、労働者がその濃度以下の環境で「1日8時間、週40時間」「長期間」働き続けても、健康に有害な影響が現れないと科学的に判断される空気中の濃度を示します。

OELがPDEと大きく異なる点の一つに、その「参照先」の多様性があります。

PDEが医薬品の交叉汚染防止という単一の目的のために、PIC/SやEMAのガイドラインに基づきプロジェクト(製品)ごとに設定されることが多いのに対し、OELは労働安全衛生という広い文脈で、様々な機関が値を勧告・設定しています。

例えば、米国のACGIH(米国産業衛生専門家会議)が勧告するTLV(許容濃度)は、世界中でOELの標準として広く参照されています。他にも、日本の産業衛生学会の許容濃度、各国の労働安全衛生当局が定める規制値など、参照すべき指標が複数存在することがあります。

また、新規の原薬や中間体の場合、これらの公的なOELが存在しないことも多々あります。

そのため、「OEL設定」の実務では、これらの既存の値を調査・比較検討する作業が必要です。あるいは、公的な値がない場合には、PDE設定と同様に毒性学的文献レビューに基づき「自主的なOEL」を科学的に導出する作業が必要となります。

どの値を自社の管理基準として採用するかの判断には、専門的な知見が要求されます。

OELの具体的な役割

「OEL設定」が適切に行われると、それは企業の「EHS(環境・安全衛生)」部門における具体的な管理基準となります。

 

1. 封じ込め戦略とOEB(曝露バンディング):OELは、その物質の「ハザード(有害性)の強さ」を示す客観的な数値です。このOEL値に基づき、物質をカテゴリー(バンド)分けする「OEB(Occupational Exposure Banding)」という管理手法が広く用いられています。

例えば、「OEB 1(OELが > 100 µg/m³)」なら簡易な局所排気、「OEB 5(OELが < 0.1 µg/m³)」なら厳格なアイソレーター、といったように、OELは設備投資のレベルを合理的に決定するための根拠となります。

 

2. 個人保護具(PPE)の選定:作業環境中の濃度がOELを超える可能性がある場合、あるいはそのリスクが高い場合、作業員は適切な呼吸用保護具(防じんマスクや送気マスクなど)を着用する必要があります。OELは、必要な保護具のレベル(要求防護係数)を決定する根拠となります。

 

3. 作業環境測定の基準:実際に作業環境の空気中に、どの程度の化学物質が飛散しているかを測定します。その結果がOELを下回っていることを確認することで、職場の安全性を継続的に監視します。

このように、「OEL設定」は、労働者の安全を守る「労働安全衛生(Occupational Health and Safety)」の文脈で不可欠なプロセスであり、適切な設備設計と作業手順を確立するための基礎となります。

まとめ:「PDE設定」と「OEL設定」両方の管理が不可欠な理由

本記事では、「PDE設定」と「OEL設定」の決定的な違いについて解説しました。改めて重要な点を整理します。

「PDE設定」は、品質保証(QA)の観点から「患者様」を交叉汚染から守るために用いられ、主に洗浄バリデーションの基準値として利用されます。

「OEL設定」は、労働安全衛生(EHS)の観点から「労働者」を職業曝露から守るために用いられ、主に設備設計や保護具選定の基準値として利用されます。

これら2つは、算出の基礎となる毒性学データ(NOAELなど)は共通の部分があるかもしれませんが、その目的と適用方法が根本的に異なります。

したがって、製薬会社様やCMO/CDMO様においては、どちらか一方ではなく、両方の指標を適切に設定し、管理体制を構築することが、規制対応とリスク管理の両面から極めて重要です。

特に、査察時や委託元(顧客)への説明責任を果たすためには、これらの値を「どのような科学的根拠(毒性学文献など)に基づいて導出したのか」を明確に示す、透明性の高い評価プロセスが不可欠です。

「PDE設定」や「OEL設定」のプロセス、そして洗浄バリデーションの基準値設定など、健康リスク評価に関してお悩みの点がございましたら、お気軽に株式会社ケミカル・リスクアセス・ソリューションズまでご相談ください。経験豊富な専門家が、貴社の状況に最適なサポートを提供いたします。

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