PDE設定・OEL設定の内製化に伴う規制リスクと解決策|査察に耐えうる「ハイブリッド型」の選択

近年、製薬業界を取り巻く環境は激変しており、特に品質保証(QA)やバリデーションを担当される皆様にかかるプレッシャーは、かつてないほど高まっているのではないでしょうか。

ジェネリック医薬品の使用促進に伴うコスト削減の圧力。その一方で、規制当局からはより高度な科学的根拠に基づいた管理が求められています。特に、交叉汚染防止の観点から義務化が進んでいるHBEL(Health Based Exposure Limits:健康上の懸念に基づく暴露限界値)としてのPDE設定や、従業員の安全を守るためのOEL設定は、避けて通れない重要課題です。

経営層からは「コストを削減するために、外部委託をやめて内製化(自社作成)せよ」という指示が下りてくる。しかし、現場には毒性学やリスク評価の専門家がおらず、担当者が手探りで対応せざるを得ない。このような「板挟み」の状態に陥っている企業様が非常に増えています。

本記事では、専門知識が不十分なままPDE設定やOEL設定を内製化することの致命的なリスクと、FDAやPMDAの査察に耐えうる品質を担保しながらコストを抑えるための現実的な解決策について解説します。

なぜ今、PDE設定の「内製化」が急務であり、かつ「恐怖」なのか

かつて、洗浄バリデーションの残留限度値設定といえば、一律に「投与量の1/1000」や「10ppm」といった基準を用いることが許容されていました。しかし、ICH Q3ガイドラインやEMAガイドラインの改定、そしてPIC/S GMPアネックス15の改定により、毒性学的データに基づいた科学的な評価、すなわちPDE(Permitted Daily Exposure:一日許容暴露量)設定が必須となりました。

コスト圧力と専門性欠如のジレンマ

製薬企業にとって、取り扱うすべての品目について外部のコンサルティング会社にPDE設定やOEL設定を委託することは、莫大なコストがかかります。特に多品目を扱うジェネリック医薬品メーカーや、受託製造を行うCMO/CDMOにとっては、この委託費用が経営を圧迫する要因となり得ます。

そのため、多くの企業が「内製化」へと舵を切ろうとしています。しかし、ここで大きな壁が立ちはだかります。それは、社内に「毒性評価のプロフェッショナル」がいないという現実です。

品質保証部門や製造部門の担当者が、見よう見まねで文献を検索し、計算シートに数値を当てはめてレポートを作成する。これは企業防衛の観点から見れば、非常に危険な「綱渡り」をしている状態と言わざるを得ません。なぜなら、規制当局の査察官は、そのレポートが「誰によって」「どのような根拠で」作成されたかを厳しくチェックしているからです。

FDA/PMDAはここを見ている:素人作成モノグラフの致命的欠陥

FDA(米国食品医薬品局)のWarning LetterやForm 483、あるいはPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)の指摘事項において、洗浄バリデーションや残留限度値設定に関する不備は頻出項目の一つです。

ここで注意すべきは、当局が求めているのは単なる「計算結果としての数値」ではないということです。その数値に至るまでの「科学的な妥当性(Scientific Rationale)」と、それを論理的に説明できる「プロセス」が評価されています。毒性学の専門知識がないまま作成されたモノグラフ(評価書)には、専門家が見れば一目でわかる致命的な欠陥が含まれていることが少なくありません。

NOAELとLOAELの誤判定による重大な判断ミス

PDE設定において最も問題となりやすいのが、毒性所見の読み違いによるPOD(Point of Departure:基点)選定の誤りです。毒性学の経験が乏しい担当者が陥りやすい典型的な誤りとして、次のようなものがあります。

第一に、軽度の適応的変化(adaptive response)を毒性反応と誤認するケースです。例えば、高用量群でみられる軽微な肝臓重量増加や酵素誘導は、一般に可逆的な生体防御反応であり、毒性影響(Adverse Effect)とは区別すべき所見です。しかし、統計的有意差があることだけを理由にLOAELとして扱ってしまう例が多く見られます。この誤りにより、本来NOAELが存在するにもかかわらず「NOAEL不明」と誤って判断され、PDE値が不必要に低く算出されてしまいます。

一方で、小葉中心性壊死や顕著な腎尿細管壊死など、明確な生物学的有意性を示す重篤な毒性所見を軽視するケースもあります。統計的な有意差の有無だけで毒性の有無を判断してしまうと、生物学的に重大な所見を見逃し、PDE値が過度に高く算出される危険があります。

さらに、ヒトデータと動物データの重みづけを誤るケースも典型例です。医薬品の臨床試験や市販後情報で観察されている軽度の副作用が存在するにもかかわらず、動物試験のNOAELが高いことを理由にヒトデータを過小評価することは、科学的整合性を欠く判断とみなされます。

このように、毒性所見の生物学的有意性を理解したうえで総合的に判断できなければ、PDEは簡単に“過大にも過小にも”なり得ます。これは、論文の数値を拾うだけの作業では決して対応できない領域であり、査察時に最も強く指摘されるポイントの一つです。

不確実係数(UF)の恣意的な設定

PDE設定やOEL設定の計算式には、動物からヒトへの種差や個体差などを補正するための不確実係数(UF:Uncertainty Factors)が含まれます。F1からF5までの係数をどのように設定するかは、評価者の専門的な判断に委ねられています。

知識のない担当者が陥りがちなのが、「自信がないから、とりあえず安全を見て大きめの係数をかけておこう」という心理です。根拠なく係数を大きく設定しすぎた結果、PDE値が極端に低くなり、既存の洗浄方法では達成不可能なレベルの残留限度値になってしまうケースが後を絶ちません。これはまさに、自らの首を絞める行為です。

逆に、数値をクリアするために根拠なく係数を小さく設定すれば、それはデータの改ざんや科学的軽視とみなされ、査察において重大な指摘を受ける原因となります。各係数の設定には、明確かつ論理的な説明(Justification)が必須なのです。

引用データの信頼性と鮮度

インターネット検索で最初に出てきた古い論文や、出典が不明確なSDS(安全データシート)の数値を鵜呑みにしていませんか?毒性学の知見は日々更新されています。20年前には「発がん性なし」とされていた物質が、新たな研究によって評価が変わっていることもあります。

信頼性の低いデータを基にPDE設定を行っていることが発覚すれば、企業の品質保証体制そのものが疑われることになります。最新のデータベースにアクセスし、情報の信頼性を精査するスキルもまた、内製化における大きなハードルとなります。

「計算シート」と「モノグラフ」の決定的な違い

多くの現場担当者様が誤解されている点があります。それは、「PDE設定とは、エクセルなどの計算シートに数値を入力して計算結果を出すことである」という認識です。

しかし、規制当局が求めているPDE設定報告書(モノグラフ)の本質は、計算そのものではなく、その背後にある「説明責任(Accountability)」にあります。

モノグラフは「科学的な論証パッケージ」である

正しいモノグラフとは、以下のような問いに対して、第三者が納得できるように論理的に答えられる文書でなければなりません。

・なぜ、数ある毒性試験の中からこの試験(Critical Study)を選んだのか?
・なぜ、他の毒性所見ではなく、この所見を指標(Endpoint)としたのか?
・なぜ、不確実係数をこの値に設定したのか?他の係数ではダメだった理由は何か?
・生殖毒性や発がん性について、どのように評価し、結論付けたのか?

これらはすべて文章による「論証」が必要です。単に「NOAELは10mg/kgでした」「F1は5としました」と結果だけを書いたものでは、査察官からの「Why?」という問いに耐えられません。

モノグラフは、いわば査察官に対する「反論のシナリオ」が含まれた防御壁です。毒性学的なバックグラウンドを持たない担当者が、見よう見まねで作成した「計算結果のプリントアウト」と、専門家が作成した「論証パッケージ」としてのモノグラフには、天と地ほどの差があります。この差が、査察時の安心感と結果に直結するのです。

解決策:外部専門家による「伴走支援(ハイブリッドモデル)」とは

ここまで、完全な内製化(自己流)のリスクについて述べてきました。では、コストを抑えつつ、かつリスクを回避するにはどうすればよいのでしょうか。

外部への「丸投げ」は高コストであり、完全な「内製」は高リスクである。この二項対立を脱する第三の道として、株式会社ケミカル・リスクアセス・ソリューションズ(CRAS)が提案するのが、内製化支援サービス、いわゆる「ハイブリッドモデル」です。

CRASが提供するハイブリッドモデルの仕組み

このモデルは、お客様(製薬企業様)とCRASの専門家が役割を分担し、コスト削減と品質保証を両立する実務的な体制です。従来の「完全外部委託」または「完全内製」の二択では解決できなかった課題に対して、現実的な第三の選択肢を提供します。

しかし、現実には、毒性学の基礎がない担当者が初めて作成するドラフトは、内容次第では専門家が“ほぼゼロから作り直すのと同程度の工数”になる場合があります。この点はハイブリッド型の大きな懸念であり、CRASでは以下の仕組みを導入することでリスク最小化を図っています。

【ステップ1:事前のミニ教育セッション(CRAS)】

ドラフト作成の前に、NOAEL/LOAEL判定、Critical Studyの選び方、UFの根拠付けなど最低限必要な基礎を1〜2時間の教育で提供します。
これにより、完全な素人の自由記述が提出されることを防ぎ、レビュー作業の手戻りを大幅に減らします。

【ステップ2:専用テンプレートに基づくドラフト作成(お客様)】

CRASでは、これまでの多数のPDE/OEL案件の経験から、“どの情報を、どの順序で整理すれば評価が破綻しないか”という実務的な進め方を確立しています。
お客様には、この進め方に沿って文献調査や情報整理を行っていただくことで、初めて担当される方でも、必要な論点が漏れないドラフトを作成できるようになります。

ゼロから自由形式で作成いただくのではなく、重要なポイントを確認しながら進めるため、レビュー時の手戻りを大幅に抑えることが可能です。
これにより、内製化による工数削減と品質確保を両立できます。

【ステップ3:専門家レビュー・加筆修正(CRAS)】

提出されたドラフトをもとに、毒性所見の読み違い、不確実係数の妥当性、論理構成などを専門家が徹底的にチェックし、必要な修正を行います。

【ステップ4:品質保証と署名(CRAS)】

修正後のレポートについて、CRASが科学的妥当性を確認したうえで署名を行い、対外的な信頼性を担保します。ただし、論理的に破綻したドラフトの場合は再提出を依頼するなど、品質保証ラインを明確化しています。

このように、ドラフト作成の前提条件を整えることで、「素人作成のドラフトの修正に極端な手間がかかる」というハイブリッドモデルの弱点を最小限に抑え、コストメリットと品質保証を両立できる体制として運用しています。

なぜ「資格」ではなく「実績」が重要なのか

PDE設定やOEL設定において、一部で「認定トキシコロジストの資格が必要ではないか」という議論があります。しかし、規制要件として資格が必須とされているわけではありません。重要なのは、資格の有無よりも「実際に規制当局の査察に耐えうる論理的なレポートを作成できる実務能力」と「豊富な設定実績」です。

資格を持っていても、医薬品の製造プロセスや査察の現場を知らなければ、実用的なPDE設定はできません。CRASには、長年にわたり数多くの化学物質の健康リスク評価や、医薬品のPDE設定・OEL設定に携わり、様々なケースに対応してきた実績があります。机上の空論ではない、現場で通用する「生きた知見」を提供できることが強みです。

最大のメリットは「教育効果」と「社内ノウハウの蓄積」

ハイブリッドモデルの隠れた、しかし最大のメリットは、担当者のスキルアップです。専門家からの修正(赤ペン)が入ったレポートを見ることは、担当者にとって最良の教科書となります。「なぜここは修正されたのか」「どのような表現を使えば科学的に正しいのか」を実践の中で学ぶことができます。

これを繰り返すことで、社内に正しい毒性評価のノウハウが蓄積されていきます。単なるコストカットだけでなく、組織としての基礎体力を向上させることができるのが、CRASの伴走支援サービスの特徴です。

【比較表】PDE設定・OEL設定の実施体制と特徴
項目 完全外部委託(丸投げ) 完全内製(自己流) CRASハイブリッド支援
コスト 高い 低い(人件費のみ) 中(適正価格)
品質・信頼性 高い 低い・危険 高い(専門家署名あり)
査察リスク 低い 非常に高い 低い
社内教育効果 なし 低い(誤った知識が定着する恐れ) 非常に高い(OJT効果)

リスクをコントロールできる組織だけが生き残る

医薬品製造における規制は、今後も厳格化の一途をたどるでしょう。その中で、PDE設定やOEL設定を「単なる書類作成作業」と捉えるか、「製品の安全性を科学的に証明する重要なプロセス」と捉えるかで、企業の未来は変わります。

内製化は、コスト削減のためだけの手段であってはなりません。自社の製品が持つ毒性やリスクを深く理解し、それをコントロールできる能力を組織として身につけるためのプロセスであるべきです。

しかし、羅針盤のない航海は遭難を招きます。毒性学の専門家という「羅針盤」を持ちながら、実務は自社で行う。このスマートな分業体制こそが、これからの製薬企業に求められるPDE設定・OEL設定のスタンダードになっていくはずです。

無理な完全内製化で将来の査察リスクを抱え込む前に、まずは専門家の視点を取り入れた現実的な運用体制を検討してみてはいかがでしょうか。あなたの会社の作成したモノグラフが、本当に査察官を納得させられるものなのか。まずはそこを見直すことから始めましょう。

PDE設定、OEL設定に関することは株式会社ケミカル・リスクアセス・ソリューションズまでご相談ください

CRASでは、豊富な実績に基づくPDE設定・OEL設定の支援を行っております。完全な外部委託から、コストを抑えた内製化支援(ハイブリッド型)まで、お客様の体制に合わせた柔軟なプランをご提案可能です。現状の評価レポートに不安がある、あるいはこれから内製化を進めたいとお考えのご担当者様は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

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