多品種製造時代におけるPDE設定・OEL設定の課題と「見えないコスト」の増大
近年、医薬品製造業界を取り巻く環境は劇的に変化しています。ジェネリック医薬品の使用促進策や、製薬企業からCDMO(医薬品開発製造受託機関)への製造委託の加速により、一つの工場で取り扱う品目数は増加の一途をたどっています。かつてのような少品種大量生産の時代から、多品種少量生産、あるいは変種変量生産へとシフトする中で、製造現場や品質保証部門に重くのしかかっているのが、交叉汚染防止のための「PDE設定(一日曝露許容量設定)」および労働安全衛生のための「OEL設定(職業性曝露限界設定)」に関する業務です。
PIC/S GMPガイドラインへの準拠や、改正GMP省令への対応が求められる現在、共有設備を用いて複数の医薬品を製造する場合、科学的な根拠に基づいた洗浄バリデーションの実施が不可欠です。その基準値となるPDE設定は、もはや避けては通れない必須要件となっています。しかし、取り扱う品目数が数百から数千に及ぶ企業にとって、そのすべてに対して高品質かつ迅速に許容値を設定することは、経営資源を圧迫する巨大な課題となりつつあります。
市場背景:品目数激増による業務負荷の限界
医薬品のライフサイクルが短期化し、ポートフォリオの入れ替えが頻繁に行われるようになったことで、新規にPDE設定やOEL設定が必要となる化学物質の数は激増しています。特にCDMOにおいては、委託元からの技術移管を受けるたびに、速やかに毒性評価を行い、製造設備への投入可否や洗浄方法を決定しなければなりません。
ここでボトルネックとなるのが、毒性評価にかかる「コスト」と「時間」です。 従来のように、すべての品目を外部の専門機関に丸投げする方法では、1品目あたりのコストが積み重なり、年間予算を圧迫します。一方で、コスト削減のためにすべてを社内で内製化しようとすれば、専門知識を持った人材の確保や育成、そして膨大な文献調査やレポート作成に要する人的リソースが不足し、結果として製造スケジュールの遅延を招くリスクがあります。
機会損失という「見えないコスト」
PDE設定やOEL設定における課題は、単なる外注費用の多寡だけではありません。より深刻なのは、評価結果が出るまでのリードタイムによる「機会損失」です。
例えば、新規受託案件の話が来た際、その原薬のPDE値が確定しなければ、専用設備が必要か、既存の共用設備で製造可能かの判断ができません。外部委託先が混雑しており、レポート納品までに1ヶ月以上かかると言われた場合、その間、見積もり回答や製造ラインの確保ができず、競合他社に案件を奪われてしまう可能性があります。また、製造開始直前になって新たな毒性データが見つかり、急遽PDE値を再設定しなければならなくなった場合、再評価に時間がかかれば製造ラインを止めざるを得ません。
このように、1物質あたりの設定単価×数百品目という目に見える「直接コスト」に加え、納期の遅れが製造スケジュールや受注活動を圧迫する「機会損失コスト」が、経営を圧迫する要因となっているのです。この現状を打破するためには、従来の「完全外注」か「完全内製」かという二元論を超えた、新しい運用モデルの構築が求められています。
徹底比較:3つの運用モデルにおけるコストとパフォーマンス
PDE設定やOEL設定の業務プロセスを最適化するためには、自社のリソース状況と求めるスピード感に合わせて、最適な運用モデルを選択する必要があります。ここでは、一般的に考えられる「完全外注(フルアウトソーシング)」、「完全内製(インハウス)」、そして株式会社ケミカル・リスクアセス・ソリューションズ(CRAS)が推奨する「ハイブリッドモデル(伴走型)」の3つのパターンについて、コスト、リードタイム、品質、そして社内ノウハウの蓄積という観点から比較分析を行います。
| 項目 | 完全外注(フルアウトソーシング) | 完全内製(インハウス) | ハイブリッド(CRAS推奨モデル) |
|---|---|---|---|
| 1品目あたりコスト | 高(例:30~50万円) | 低(見かけ上は人件費のみ) | 中(例:10~15万円) |
| リードタイム | 3週間~(混雑時はさらに長期化) | 即時~無限(担当者のスキルと業務量に依存) | 最速1週間(社内ドラフト作成+プロのレビュー) |
| 品質リスク | 低(専門家による作成) | 極大(根拠データの選定ミスや計算ミスの恐れ) | 低(社内作成物をプロがダブルチェック) |
| 社内ノウハウ蓄積 | なし(ブラックボックス化) | あり(ただし体系的な教育が必要) | 最大(OJT形式で実践的なスキルが身につく) |
| 柔軟性 | 低(急な変更や追加対応に追加費用・時間が必要) | 高(自社都合で調整可能) | 高(自社対応と外部サポートの使い分けが可能) |
完全外注モデルの限界
従来主流であった完全外注モデルは、品質面での安心感は高いものの、コストと時間の観点で大きな課題があります。特に、多数の品目を抱える工場では、すべてのPDE設定を外注すると年間数千万円規模の支出となることも珍しくありません。また、外部機関とのやり取り(見積もり取得、契約手続き、データ送付、質疑応答)自体にも社内工数がかかり、結果としてトータルの業務効率は上がらないというジレンマがあります。
完全内製モデルのリスク
コスト削減のために完全内製化を目指す企業も増えていますが、これには「隠れコスト」と「リスク」が伴います。PDE設定やOEL設定には、毒性学の知識だけでなく、適切な文献検索能力や、規制ガイドラインの深い理解が必要です。専門的なトレーニングを受けていない担当者が独学で設定を行うと、重要な毒性データを見落としたり、不適切な調整係数(Uncertainty Factor)を使用したりするリスクがあります。もし、誤ったPDE値に基づいて洗浄バリデーションを行い、後にそれが発覚した場合、製品回収や製造停止といった経営を揺るがす事態に発展しかねません。また、担当者が退職した際にノウハウが失われる属人化のリスクも無視できません。
ハイブリッドモデル(CRAS推奨)の優位性
そこで当社が推奨するのが、社内でドラフト(下書き)を作成し、外部のプロフェッショナルが仕上げのレビューを行う「ハイブリッドモデル」です。 このモデルでは、基本的な文献調査やデータ整理は社内担当者が行い、最終的な毒性学的評価の妥当性確認や、論理構成のチェックを当社のような専門機関が行います。これにより、外注コストを大幅に抑えつつ、完全外注と同等の品質を担保することが可能になります。 さらに、レビューを通じて担当者にフィードバックが行われるため、実務を通じた教育効果(OJT)が高く、社内に着実にノウハウが蓄積されていきます。
コスト削減シミュレーション:年間50品目のPDE設定を行う場合
ハイブリッドモデルを導入することで、具体的にどの程度のコスト削減効果が見込めるのか、年間50品目の新規または改訂PDE設定が発生するモデルケースを用いてシミュレーションを行います。 (※ここでの数値は一般的な市場価格や工数を想定した仮想の試算であり、実際の金額をお約束するものではありませんが、リアリティのある水準で設定しています。)
Before:完全外注の場合
これまでは、リスク回避のためにすべての品目を外部機関に委託していたと仮定します。1品目あたりの外注費を40万円とした場合、年間のコストは以下のようになります。
計算式:50品目 × 40万円 = 2,000万円/年
この2,000万円は純粋な外注費のみです。これに加え、外注先とのメールやり取り、見積もり処理、納品確認などの管理工数が1品目あたり数時間発生しており、人件費換算での見えないコストがさらに上乗せされています。また、納期が3週間から1ヶ月かかることによる、製造スケジュールの硬直化というデメリットも抱えています。
After:ハイブリッドモデル(社内作成+CRASレビュー)の場合
次に、社内でドラフトを作成し、CRASがレビューを行うモデルに切り替えた場合です。レビュー費用を1品目あたり15万円、社内担当者の作業工数(文献調査・ドラフト作成)を1品目あたり5万円相当の人件費と仮定します。
計算式:50品目 × (社内工数5万円 + レビュー費15万円) = 1,000万円/年
シミュレーション結果の分析
この試算では、年間コストが2,000万円から1,000万円へと半減し、約50%のコストカットが達成されます。金額にして1,000万円の利益創出効果と同義です。
さらに重要なのは、金銭的なメリットだけではありません。 完全外注では1ヶ月かかっていた納期が、社内作成(数日)+CRASレビュー(1週間程度)のフローに変わることで、大幅に短縮されます。急ぎの案件であれば、社内リソースを集中投下して翌日にドラフトを上げ、CRASが優先的にレビューすることで、最短数日でのPDE設定値確定も夢ではありません。 このスピード感は、CDMOとしての受託競争力に直結し、機会損失を最小限に抑える強力な武器となります。
失敗しない「内製化移行」の3ステップロードマップ
コスト削減効果が高いハイブリッドモデルや内製化ですが、準備不足のまま一気に移行するのは危険です。特に毒性評価の経験が浅い段階で、すべての品目を自分たちだけで判断しようとすると、重大なリスクを見落とす可能性があります。 CRASでは、企業の現状に合わせて、段階的に運用モデルをシフトしていく「3ステップロードマップ」を提案しています。
Step 1:高リスク薬物は引き続き「プロに任せる」
まず最初の段階では、無理にすべてを内製化しようとせず、難易度とリスクに応じて仕分けを行います。 抗がん剤、ホルモン剤、免疫抑制剤など、微量で強力な生理活性を持つ高薬理活性物質(HPAPI)や、毒性データが極端に少ない開発初期品目については、評価の難易度が極めて高いため、引き続き「完全外注」または「CRASのフルサポート」を利用することを推奨します。これらの物質は、OEL設定やPDE設定のわずかな誤差が作業者の健康被害や重大な交叉汚染につながるため、コストよりも安全性を最優先すべき領域です。
Step 2:中~低リスク薬物から「ハイブリッドモデル」を適用
一般的な合成医薬品や、毒性データが豊富に存在する既知の医薬品については、Step 2としてハイブリッドモデル(社内ドラフト+CRASレビュー)を適用します。 この段階が、最もコスト削減効果と教育効果が高いフェーズです。社内担当者が実際に文献を読み、NOAEL(無毒性量)の候補を選定し、係数を設定してみる。その結果をCRASが添削し、「なぜこのデータを選ぶべきなのか」「なぜこの係数が適切なのか」をフィードバックします。このサイクルを回すことで、社内に生きた知識が蓄積され、担当者のスキルが飛躍的に向上します。
Step 3:定着・自走(CRASはスポット相談へ)
Step 2を繰り返し、社内データベースが充実し、担当者のスキルが十分に高まった段階で、Step 3へと移行します。 ここでは、日常的なPDE設定やOEL設定は社内で完結(完全内製)させます。CRASの役割は、全品目のレビューから、判断に迷う難解なケースや、規制当局からの指摘に対する回答作成支援といった「スポット相談」へと変化します。 このように、外部リソースを固定的な「外注先」としてではなく、自社の成長フェーズに合わせて必要な時に必要な分だけ活用する「変動費」として賢く使う戦略こそが、長期的なコスト最適化の鍵となります。
CRASが提供する「業務効率化ツール」としての価値
PDE設定やOEL設定の内製化あるいはハイブリッド化を進める際、多くの企業が直面するのが「書式の統一」や「作業の標準化」という壁です。担当者によってレポートの書き方がバラバラでは、品質管理が難しくなり、監査対応時にも説明に苦慮することになります。 株式会社ケミカル・リスクアセス・ソリューションズでは、単なる評価代行だけでなく、お客様の業務効率化を支援するためのツールとしての価値も提供しています。
実務に即したテンプレートの提供
ゼロからレポートを作成するのは多大な労力を要します。CRASでは、ハイブリッドモデルをご利用いただくお客様に対し、私たちが長年の実務経験に基づいて最適化した標準フォーマット(テンプレート)を提供することが可能です。 必要な項目が網羅されたテンプレートを使用することで、担当者は「何を書けばいいのか」に迷うことなく、必要なデータを埋めていくだけで、規制要件を満たしたレポートの骨子を作成できます。これにより、文書作成にかかる時間を大幅に短縮し、本来注力すべきデータの精査に時間を割くことができます。
迅速対応と柔軟なサポート体制
製造スケジュールは常に流動的です。突発的な製造計画の変更や、緊急の査察対応などで、一刻も早くPDE値の根拠資料が必要になる場面も少なくありません。 大手受託機関では、柔軟な特急対応が難しいケースもありますが、CRASではお客様の事情に寄り添った迅速な対応を心掛けています。ファストパス対応などのオプションや、メール一本で相談できるホットライン体制により、工場の操業を止めないためのパートナーとして機能します。
コストセンターからバリューセンターへ
これまで、PDE設定やOEL設定は、GMP適合や労働安全衛生法遵守のために「やらなければならないコスト(費用)」として捉えられがちでした。しかし、視点を変えれば、これは企業の競争力を高めるための「投資」になり得ます。
迅速かつ正確にPDE/OELを設定できる体制を持つことは、CDMOにとっては「どの企業よりも早く製造受託の可否を回答できる」という強力な営業ツールになります。また、自社製品を持つ製薬企業にとっては、クロスコンタミネーションリスクを科学的に管理し、従業員の安全を守る企業姿勢を示すことで、社会的信頼(CSR)の向上につながります。
完全外注からハイブリッドモデルへの移行は、単なる経費削減策ではありません。それは、コンプライアンス業務を、コストセンターから企業の価値を生み出す「バリューセンター」へと転換させる経営戦略です。 まずは、貴社の現在の品目数や外注状況をお聞かせください。現状のコスト構造を分析し、最適な運用モデルをご提案いたします。
PDE設定、OEL設定に関することは株式会社ケミカル・リスクアセス・ソリューションズまでご相談ください。貴社の状況に合わせた最適なコスト削減プランと業務効率化のシミュレーションを無料で提案いたします。まずはお問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。